病気の原因は何か。それが正確に分からなければ適切に治療することはできません。御書にも「病の原因を知らない人が病気を治療しようとすれば、病はますます倍増する」(新1241・全921、通解)とある通りです。 その病気の診断をするのが、私たち病理医の仕事で、具体的には、採取された細胞や組織を顕微鏡で観察し、異常や疾患を診断しています。 なぜ細胞を見ると病気が分かるのでしょうか。それは細胞こそ生命の基本単位で、複雑に思える人体も37兆個という細胞の集まりだからです。そして大ざっぱな言い方かもしれませんが、病気は、その多くが「細胞が傷むこと」で、治療は「細胞を治すもの」であり、「傷んだ細胞を取り除くこと」であるからです。
顕微鏡で観察される人体の臓器や組織は通常、とても美しい調和の世界です。しかし、そこにウイルスが入り込んだり、がんなどの腫瘍ができたりすると、その調和が乱れ、混沌の世界が生まれます。 調和と混沌――これは病理学が専門であるカナダ・モントリオール大学元学長のルネ・シマー博士が、池田大作先生とのてい談集『健康と人生――
生老病死を語る』で指摘していた点でもあります。 この時、シマー博士の“細胞内の調和に何らかの変化が起こり、カオスの状態になる。そこに病が発生する可能性があると考えています”との発言を受け、池田先生は“仏法も調和と不調和という視点から生命現象を捉えています”と語り、「四大」という考え方を紹介されました。 「四大」とは、「地」「水」「火」「風」のことで、仏法では、これら四つの要素で身体は形づくられ、その調和が乱れる時に病になると説いています。 「地」とは「固さ」を表し、形を保持しようとする作用のこと。人体では、骨や毛、皮膚、筋肉のことです。 「水」とは「湿り気」のことで、ものを摂め、集める作用。主に血液、体液のことです。 「火」とは「熱さ」のことで、ものを成熟させる作用。発熱や体温、消化作用、またエネルギーの働きなども「火」に当たります。 「風」とは「動き」で、ものを増長させる作用を指します。私たちの体内では呼吸、新陳代謝のことです。 もちろん、四大は、現代医学とは異なる体系です。しかし、私は、この仏法の考え方は、生命の傾向性を捉えていると思います。というのも、細胞が病気になる時を考えると、不思議とこの四つに対応できるからです。
仏法の考え方と対応する細胞損傷の原因
そもそも、細胞はどのような時に傷み、“病”となるのでしょうか。 細胞が損傷する原因は、細菌やウイルスによる感染、自己免疫の暴走、遺伝子の異常、老化、放射線など、さまざまなものが考えられますが、最もダメージを受けるのは、酸素に関連するものです。 細胞は、取り入れた酸素をもとに細胞内のミトコンドリアでエネルギーを生成し、自らを修復したり、周囲の細胞とやりとりするためのタンパク質などを合成したりして、生命活動の源にしています。ですから、酸素がなければ生きていけません。 酸素は血管を流れる赤血球を介し、各器官に運ばれますが、何らかの原因でその流れが遅くなったり、血栓などで血管がつまったりすると、酸素が不足し、細胞が傷んでしまうのです。 またミトコンドリアがエネルギーを生み出す際、副産物として作られる活性酸素も、細胞に悪影響を与えることが分かっています。 加えて、そのミトコンドリアに異常が生じても、酸素を使ってエネルギーを生み出すことができず、やはり生きていくことができません。 この血栓などによる梗塞を「地」、血液の流れが滞ることを「水」、ミトコンドリアの異常によるエネルギー不足を「火」、低酸素や活性酸素による影響を「風」と捉えれば、「四大」が乱れることで細胞が病んでしまうのです。 また「火」ということに関連し、老化現象を説明することもできます。 実は、一つ一つの細胞は、分裂できる回数が決まっており、分裂を終えた細胞や、傷んでしまった細胞は、排除される働きが備わっています。しかし、老化した細胞の中には、その働きを阻止する酵素を出すものがいて、排除されない場合があるのです。そればかりでなく、最近の研究では、この老化細胞から炎症を引き起こす物質が産生され、周囲の細胞を傷つけてしまうことが分かっています。 まさに「火」の乱れと言えるでしょう。
生きている以上、細胞の老化や損傷は避けられません。しかし、たとえ一つの細胞が傷ついたとしても、周囲の細胞がそれを治し、支えてくれる働きがあります。その働きは、私たちの食事、睡眠、運動とも密接につながっていることから、日々の生活習慣を見直すことが大切です。 そこで、お勧めしたいのが「ちょきん」です。「貯金」を思い浮かべる方もいるでしょうが、今回、強調したいのは次の二つです。 一つ目は「貯筋」、つまり筋肉を蓄えることです。 腕や脚など、筋肉を鍛えると大きく発達しますが、これは細胞が分裂して増えているのではありません。細胞自体が大きくなっているのです。 この筋肉細胞には、先ほどの四大の乱れを整える作用があります。 例えば筋肉細胞が発達すると、血流が良くなり、老廃物が取り除かれることで、梗塞を防ぐことができ、筋肉細胞から発せられるマイオカインという物質には、がん細胞の異常増殖を抑制する働きもあります。これは「水」と「地」の調和を保つ働きでしょう。 またミトコンドリアが増加し、古いミトコンドリアを取り換える力にもなります。これは「火」の調整に相当するでしょう。 さらに全身の代謝を上げ、脂肪を分解して細胞を若返らせる働きがあり、これは「風」の調整に当たります。 一般的に「体力の本体は筋肉」といわれます。激しい運動は活性酸素を増やすので、無理は禁物ですが、筋肉を鍛える体操や運動を心がけたいものです。
二つ目は「貯菌」です。これは、良い腸内細菌を蓄えることです。 私たちの身体には無数の微生物が共存し、中でも腸内細菌は、高血圧や肥満、不眠の解消、認知機能の改善など、私たちの健康をさまざまな角度で支えていることが分かってきました。一例として、難病である潰瘍性大腸炎は、健常な人の腸内細菌を移植することで、その症状が改善されることが報告されています。 こうした効果をもたらす「貯菌」にも、四大の乱れを整える作用があります。 「地」「水」という観点では、動脈硬化を防いで血流を良くし、「火」という点では、感染症から身を守る免疫細胞の力を強めつつ、過度な炎症を抑制し、「風」という点では、酸化を防ぐ機能を高めることが分かっています。 このほか、細胞自体が若返るオートファジー(自食作用)を促進させたり、ホルモンを生成して脳に送り、心を安定させたりする「脳腸相関」の重要性も知られています。 腸内細菌をバランスの良いものにするためにも、野菜や根菜類、海藻類といった食物繊維が豊富な食材を日常的に摂取すること、また良質な睡眠が腸内環境を整えることから、規則正しい生活を心がけることも大切です。
その上で、この「貯筋」も「貯菌」も、調和の中で成り立っています。 例えば、筋肉細胞が発達すると脂肪細胞は減りますが、適度な脂肪細胞は必要です。というのも、健康な脂肪細胞は血圧や血糖値を低下させ、血管壁の修復にも寄与する有益なホルモンを分泌しているからです。ですので、脂肪を落とすために運動するのは良いことですが、過度な運動や絶食などで落とし過ぎてはいけません。 しかし、反対に、脂肪細胞が多くなり過ぎても、人体に悪影響が出てしまう場合があります。多くの進行大腸がんなどでは、その周囲に脂肪が多量に付着していることが分かっています。これは生活習慣病に伴う「内臓脂肪」と呼ばれるものですが、その肥大した不健康な脂肪細胞からは、血管を収縮したり、血栓を形成したりする有害なホルモンが分泌され、腫瘍の発生につながってしまうと考えられています。 一方、腸内細菌は、大きく分けて「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」という三つで構成されますが、善玉菌の割合が全体の2割程度であると、悪玉菌や病原性細菌の増殖を抑制し、善玉菌が日和見菌を味方につけて、良好な腸内環境が保たれるようです。 善玉菌の代表格は乳酸菌ですが、いくら健康のためといえ、乳酸菌ばかり摂取していると、腸内細菌のバランスが崩れてしまいますので、食事も、さまざまな腸内細菌が育つよう、多彩な食材を摂取することが大切になるのです。 また「貯筋」はしっかりできているので「貯菌」はおろそかにしていい、というものでもありません。人体は、さまざまなものが密接に関わり合っているので、運動はもちろん、食事も睡眠も含めて、生活リズム全体で総合的に工夫していくことが必要です。
天台大師は「
摩訶止観」で“「火」が強くなって「水」を破ると、「火」の病気にかかる。反対に「水」が大きくなって「火」を破ると、「水」の病気にかかる”と、そのバランスの大切さを教え、修行の時間を定めずに不規則な生活になったり、健康であることを過信して寒暖差を気にせずに過ごしたりする生活態度を戒めています。 御書にある「四大の順ならざるが故に病む」(新1359・全1009)とは、このことで、仏法はバランスの良い生活を教えているのです。
御書には「四大」に関連して、上行・無辺行・浄行・安立行という
四菩薩の一面を論じている部分があります。 「御義口伝」の「火は物を焼くをもって行とし、水は物を浄むるをもって行とし、風は塵垢を払うをもって行とし、大地は草木を長ずるをもって行とするなり」(新1046・全751)とその前後です。 かつて池田先生は、この御文を通し、私たちが信心をしていく上での大切な心構えを指導されました。
上行菩薩の働きを「火」と対応させ、“先頭に立って人々の心に勇気と情熱の炎を点火し、皆の進むべき道を照らすリーダーとして生き抜いていこう”と。 次に無辺行菩薩を「風」と対応させ、“風が塵やホコリを払うように、いかなる困難をも吹き飛ばして、自由自在に活躍していくのだ”。 また、
浄行菩薩を「水」と対応させ、“
濁世の真っただ中に飛び込みながら、とうとうと流れる水のごとく、常に清らかな境涯で周囲にも清浄な流れを広げていこう”。 最後の
安立行菩薩を「大地」と対応させ、“多様な草木を育む大地のごとく、全ての人をどっしりと支え、励ましの栄養を送っていこう”。 そして、この四菩薩の全てに「行」の字が含まれていることは意義深く、「行動」を貫いてこそ仏になることを教えているのだ――と。 上行菩薩、浄行菩薩のところで先生が教えられた「率先の気持ち」や「清らかな心」を持って行動することで、脳内ではセロトニンが分泌されますが、これは自律神経を整え、細胞が働きやすい環境となることで、心身両面の働きを安定させる力になります。 また無辺行菩薩のところで教える「風の前の塵なるべし」との心によって、ストレス物質として知られるコルチゾールの分泌が抑えられ、細胞の大敵となる活性酸素の発生を抑制することができます。 そして、安立行菩薩のところで教える「人のために」との行動によって、ストレス軽減や免疫力アップ、そして細胞の若返りに効果があるオキシトシンという物質が分泌されることが期待されます。 まさに私たちの日々の学会活動は、細胞の健康という点で見た時にも、大変に有効なものだと私は思います。
私たち九州の創価学会員が大切にしている魂――それは「先駆」です。 いかなる戦いにおいても先頭に立ち、さまざまな困難を乗り越えながら勝利の歴史を築いてきました。この心意気こそ、四菩薩の精神に通じるものだと思います。そして、そうした道を率先して歩いてこられた先輩方が、年を重ねても若々しく活躍する姿を見るたびに、先駆の生き方を貫いていく中に健康長寿の秘訣があると感じてきました。 学会創立100周年となる2030年に向け、希望の未来を開く「世界青年学会 飛翔の年」が幕を開けました。私自身も常に挑戦の心を忘れず、地域の同志と共に、新たな民衆勝利の先駆の歴史を打ち立ててまいります。
おおや・まさふみ 1959年生まれ。医学博士。専門は病理診断。自治医科大学医学部卒業。九州大学形態機能病理非常勤講師、飯塚病院中央検査部部長・病理科部長、北九州市立医療センター臨床検査科部長、松山赤十字病院病理部長などを経て現職。福岡国際医療福祉大学教授。日本病理学会認定病理専門医研修指導医・病理専門医。日本臨床細胞学会認定指導医・細胞診専門医。創価学会九州副ドクター部長、総福岡ドクター部長、副総県長。